ファーザーと車いす

久しぶりにファーザーニコラスとホスピスのお話です。

ホスピスに一人のゴーゴーがいました。
ゴーゴーは名前ではありません。
ズールー語で、「おばあちゃん」の意味。

ゴーゴーは出会ったときから車椅子。
腎臓に問題があって、尿カテーテルを利用しています。
尿カテーテルは、逆流したりして感染ないように、尿道の位置よりも下の方で管理するように、と日本の病院では指導を受けるそうですが、ここでは何にも指導はありません。

なんだか心配で、針金ワイヤーでS字フックを作って、車椅子にひっかけるようにしてみたけれど、見事に翌日の朝の清掃スタッフに「ゴミ」と認識され破棄されてしまいました。

ホスピスでは、床ずれ予防に円座クッションその他、かなり手作りをしていたのだけれど、病院が買った備品で婦長やサブからの指示がある看護・介護用品以外は、毎日「クリーニング」されてしまうのです。この件は、しばらく私も負けじと応戦して患者さんに「必要なのよって言ってね」とお願いしたものでした。でも患者さんも、床ずれそのものが理解できないし、床ずれもエイズのせいだと思っているくらいなので、数人の患者さん以外は、私を見ると「持っていかれちゃった」と首をすくめます。あまり皆、主張するのも好きではないみたいです。

そんなこんなで、ゴーゴーの尿カテーテルはどうしようかな?と考えて、彼女が編み物が好きだったことを思い出し、まずは私が布巾着を作って、そのバッグが気に入ったら自分でも編んでバッグを作ったらどうか?という提案をしました。これはうまくいきました。

ゴーゴーもやはりHIV陽性者です。ホスピスではかなりの長期患者さんで、下肢の神経麻痺が強いので車椅子は手放せなかったものの、ベッドへの移動も自分でできるし、シャワー浴も自分でできるし、そのゆったりと超然としたたたずまいと、ユーモラスな温かな雰囲気で、ホスピスの人気者でした。以前ブログで書いた、気難しいノムサでさえも、ゴーゴーには甘えていました。

ゴーゴーは教会が大好きです。教会が大好きだし、なによりファーザーニコラスが大好きなのです。ファーザーの運転するバスで教会に日曜に出かけるのが毎週のお楽しみの外出です。
最初の頃、患者さんたちの外出のための車は後ろのシートを少したためるだめの普通のバンでした。だから、ゴーゴーは誰かが抱っこして座席に乗せるのですが、子供も大人も皆教会に行きたいですし、ゴーゴーのように車椅子の人はたくさんいましたから、ファーザーは頭を悩ませていました。

それで、日本のとある財団に車両購入の申請をしました。ファーザーはこういう事務手続きの能力にも非常に長けています。
申請は無事にとおり、なんと車椅子のリフトつきの大型バスがホスピスに到着しました。
誰もが大喜び。これからは、がまんしていた小さい子供たちも、車椅子の人、それに住み込みで働いているアフリカ人たちも、日曜のお祈りに出かけることができます。
リフトの操作は取り合いです。誰が最初にリフトに乗るかも言い合いです。歩ける人も、ちょっと乗ってみたいのです。リフトつきの車は初めて見る人が多いのです。
ファーザーの隣、大きなフロントガラスで眺めの良いの席も取り合いです。
なんだか、日曜にさらに活気が出てきました。
ファーザーって、アフリカ人の皆からしたら、魔法使いのように
皆を喜ばすプレゼントをどんどんと作ってしまうのです。
この大型バスが、どこかの国からの寄付とか、知らない団体からの寄付だったら、もっと普通の反応だったでしょう。
「ファーザーが自分たちのために」手に入れた、魔法のバスだからすごいのです。

日曜は私は、タウンシップへ出かけ、様々な宗派のキリスト教会の礼拝に参加することも多かったのですが、バスが来てしばらくは患者さんと行動を一緒にすることにしました。
ファーザーが、このバスまでも「自分で運転する」と主張されたものだから、ファーザーが倒れるんじゃないかという心配と、
(日曜の午前に2回のミサを二人の神父で交代であげるのですが、もう一人のアイルランド人神父がこの時期は帰国されていたので、ファーザーは患者さんの送迎のために、教会とホスピスを2往復運転していました。事故があっては患者さんの命にかかわるから、自分が責任もって運転したい、と。)
リフト操作を子供のように取り合う職員たちや、ファーザーの隣&眺めのいい前シートに誰が座るかの行方が見たかったし、介護の手が増えたと感じたからです。

ミサに車椅子患者が増えたことで、ふだん車椅子操作に慣れない、病棟業務以外で働く男性スタッフに、車椅子操作を教える機会になりました。介助というのは、最初のうちは恐々とおこなってしまうものですが、すぐに誰もがゆとりを持って車椅子介助ができるようになりました。患者さんの方は、最初はリフトの上で顔がひきつっていましたが、すぐに楽しんで乗り降りするようになりました。
子供も3人ずつくらい、リフトで車に乗せてもらうことになりました。怖がる子や、抱っこをしてもらいたい子供は、今までどおり抱いて車に乗せてあげます。
車の中にはなるべくたくさんの人が乗れるよう、子供は全員誰かの膝の上です。
力の弱った患者さんも、すすんで子供を膝に乗せてあげます。
リフト操作の権利を手にしたのは。
11歳のブレンディ(仮名)です。
彼が一番理解が早かったのです。彼の誇らしかったこと。男連中は、お互いを冷やかし、つつきあっていました。ブレンディは賢い子だったので、ファーザーは「彼なら安心ですからね」と言っていました。

ファーザーの隣の席は、元気のいい患者さんになるかと思いきや・・・
なんと、ケアギヴァー(介護職員)。笑。
一番の特等席に彼女は座りたかったのです。なんとも得意げな顔。
気持ちはわかるけど・・・
でもそれに特別ブーイングもないところが、南アだな〜と思ってしまう光景です。

次の週からは、ちょっと交通ルール違反だけれども、
子供をひざにのせて前シートに乗せてあげることになりました。


そんな感じの、注目のバスが来た頃。
ゴーゴーが退院したいと言い出しました。
ゴーゴーよりも長い患者さんは皆、亡くなってしまいました。
比較的新しい患者さんは、一時退院をしていきます。
「家族との関係は断絶」ときいていましたが、ゴーゴーはなんとしてでも家族のところへ帰りたい、と言い出し始めました。
そして、自分で家族とどうにか交渉して、退院の話をつけて、誇らしげにナースステーションに報告にやってきました。

どうも家族にはエイズのことは話していない様子なので、あとで一波乱は起こることでしょう。それで、退院にはファーザーについてきて欲しいと希望しています。ファーザーは快諾です。

退院が迫ったある日の夕方、ゴーゴーが私に、「車椅子のタイヤを膨らまして欲しい」と言ってきました。
たしかにちょっと空気がぬけた感じ。ゴーゴーの決めたお気に入りの「マイ」チェアーなので、他の新しい感じの車椅子では嫌なのです。
タイヤに空気を入れるくらいなら・・と了解して、病院敷地内を空気入れを探して歩きます。
空気入れは物置にもありませんでした。自転車に乗るひと、あまりいないですから、ないはず。
私の足で5分ちょっとのところに、ガラジ(ガソリンスタンド)があるので、そこでだったら頼めそうです。
ゴーゴーに、車椅子を貸してくれたら、すぐに行って空気を入れてもらってくる、と話しました。
ゴーゴーは「嫌だ。自分も行く。」といいます。自分の目で空気がきちんと入れられていくところを確認したいの、私の車椅子なのよ、退院なのよ、完璧にしていかなきゃ・・とゴーゴーは真剣です。
じゃあ、車椅子を私が押すから一緒に散歩がてら行こうか・・と
話したところ。
ゴーゴーが指差したのは、ファーザーのバス。

ファーザーの魔法のバスで、空気を入れてもらいに、バスを独占して行きたいのね?と訊くと、「ふふふ」と笑っています。

どうかしら・・忙しいファーザーに頼めるかしら・・と恐る恐るファーザーが帰宅するのを待ち、夕暮れにヒヤヒヤしながら(日暮れ後はホスピス敷地内でも強盗が入ることがありますから、気楽に外出をするのは避けたいのです。)、ファーザーにゴーゴーの話をしました。
ファーザーは、「じゃ、行きましょ!」と即断。
私のように合理性を考えるようなことはせず、患者さんの望みは「今」叶える、というのがファーザーの価値観です。
私は、自分のひとっ走りが早いのにな〜という気持ちが消せないまま、ゴーゴーを迎えに行きました。

玄関にはゴーゴーと、トゥーラ(仮名)が立っていました。
トゥーラ?
ちょっとびっくり。トゥーラはその名前(静の意味)のごとく、ほとんど口をききません。同室の患者さんによるとズールー語は全くわからないのだそうです。スツ語を話すのですが、スツで話しかけてくれた相手にしか返事をしない、マイペースな女性です。英語の相手は完全無視。ズールーも英語もわかっているのかもしれないけれど、どうなんだろうか。
私はスツ語はぜんぜん駄目なので、英語よりはマシだろうと思って、
ズールーで、一緒に行く?と質問してみました。
すると「うん」とコックリとうなずきました。
ズールー語、わかるんだ。そして静かなトゥーラは、この車椅子騒動の行方を見守りたいんだろうか? 不思議です。

ファーザーとゴーゴーとトゥーラと私は、歩いて5分のところのガラジへバスで出かけました。
リフトを下ろして、車椅子に空気を入れてもらい、ゴーゴーは満足げ。車椅子をなでています。トゥーラはガラジの奥のコンビニのようなショップのパイが気になるらしいので、お土産に4人分ね、と4つパイをトゥーラに買って、
そしてバスを振り返ると・・・
問題発生。
リフトがあがらなくなってしまったんです。
ガラジのスタッフにも治せないとのこと。ブレンディはいつも正確に操作していたから、彼のせいではないでよう。何か、きっとファーザーか私の操作のせいだろうか。修理を明日頼むしかないようです。
「困りましたね。」とファーザー。
トゥーラはパイをもぐもぐ食べています。
ゴーゴーは車椅子をなでています。


「車の後ろドアが全開のまま走るってことですよね?」
「そうなりますね。」
「車椅子のゴーゴーが危ないから、車椅子押して帰りますよ。」
「その必要ないですよ、なんとか皆でバスで帰りましょう。」と
ファーザー。ファーザーが決めたら、そうするしかありません。

ゴーゴーは車椅子から降りる気さえありません。仕方ないので、車椅子ごと、ガラジの人に手伝ってもらって、バスにあげ、(ちなみにこのバスは車内での車椅子固定ベルトが、ない・・)
私はホスピスまでの、車ならではの遠回りの道のりを
「歩いて5分・・」にこだわりブツブツ言いながら、揺れるゴーゴーの車椅子を、ふんばって押さえ続けました。けっこう辛い格好・・。ゴーゴーもさすがに右折・左折に「おぉ!」と驚いていたけれど、ファーザーの車は、彼女たちには「安全に決まっている」ので、鼻歌を私のために歌ってくれました。
後ろのドアが全開になってバタバタ・・怖いよう。後ろから来る車のドライバーは、私がすごい形相だったのか、かなり大うけしていた顔は今でも覚えています。

ゴーゴーは、ホスピスに戻って、嬉しそうにことの顛末を報告していました。

トゥーラは。黙って私の分のパイをおかわりしてから、いつものようにベッドに横になって、静かにみんなの話をききながら、彼女のクセで鼻をほじっています。ゴーゴーたちにはパイをあげたのかしら・・。

トゥーラは何も言わなかったけれど。
私には彼女のバス同行の理由が、ガラジからの帰り道に理解できました。
行きは、ファーザーに促されて、ゴーゴーと一緒にバスの後部座席に座っていたのだけれど、帰り道は、後部座席が危ないということを理解しているとは判断しかねる様子だったにもかかわらず、私の服をひっぱって前の席を指差しています。

「ここに座りたいのね?」という質問に
トゥーラは「イェボ(うん)」とズールー語で返事しました。
そして、はにかんだ笑顔を浮かべて、スカートをいじくりながらモジモジしています。

静かなトゥーラは、日曜日には決してファーザーの隣の席に座れることはありません。でも、そんなちょっと、のんびり屋さんのトゥーラは、じっとバスでの皆の行動を見ながら、あの席に座りたい・・と心に願いを秘めていたんです。
そして、ゴーゴーの車椅子騒動の日、彼女が「バスでね・・」と病室で私とおしゃべりをしている姿を見て、誰もいないゴーゴーを乗せるバスなら、自分もファーザーの隣に座れると考えたに違いありません。
すごい、トゥーラ。

あまりに無邪気な照れ笑いが、たまらずに可愛くて、私はポケットに入れていたカメラで、前の席に無事に座れたトゥーラの写真をとらせてもらいました。
なんともいえない、澄んだ美しい目の笑顔が記念に残りました。

司祭館に戻ったファーザーはさっそく明日一番でバスの修理を依頼する話を、ともに暮らしているブラザーに話しています。

数日して、ゴーゴーは無事に、デヴィトンというタウンシップの郊外にあるお姉さん二人の生活しているシャック(掘っ立て小屋)にファーザーの車(このときは普通の乗用車)で退院していきました。
よく晴れた夏日でした。近所の子どもたちが走りよってきました。
ファーザーは子供たち一人一人を抱きしめて、そして、ゴーゴーの大好きな
「ルサンダ スピリチュアル グループ」のゴスペルを大音量で車から流しはじめました。即席の、ゴスペルとダンスと、子供の歓声と、ちょっと緊張した面持ちだったお姉さんたちにはショック療法のような、ゴーゴーの退院祝いの青空パーティです。

私は、様々なホスピスでの日々の光景の中でも、このゴーゴーとトゥーラ、ファーザーとの珍騒動をよく思い出します。思い出すだけで幸せになります。

3人が、今日という日を、今という時間を、精一杯の心をこめて真剣に生きるということを、当たり前のように私に見せてくれたからです。

つい私たちはあれこれと思考(妄想)をめぐらせ、「今ここで」を忘れ、わけもない焦燥感にかられて、あれもしなきゃ・・と不安を感じることがあります。

そして日本での暮らしは、数字など具体的な目に見えるものではかる価値が、今だに一つの主流としてありますし、「暮らし」の中の幸せ、「こころ」の幸せに目を向ける流れはあるものの、例えば夢をかなえることについて、生きがいについて、自分はどういう人間になりたいのか、自分にとっての価値は、勉強の仕方についても質をテーマにした本がたくさん出ています。ああ、煽りの好きな国、日本・・と思います。

価値や質なんて、他人からのモノサシなんていらないんです。
人生の指南書、「捨てちゃったら本当は心が楽になるもの」がたくさんあるんではないでしょうか。

あの日のゴーゴーやトゥーラ、ファーザーは、「今」だけを生きていました。
そして、問題も起こったけれども、でも誰もが心からの笑顔でゴーゴーの車椅子に空気が入れられたことを喜びました。病棟の患者さんたちも、本当に喜びました。トゥーラの願いが叶ったことは、夜にこっそりとファーザーに話しました。
ファーザーなら、またトゥーラに魔法を使ってくれることでしょう。
みんなで、「今」を一緒に生きていく、それがファーザーとの生活です。
アフリカ人の生活です。

自分以外の人を出会ったときには、その人が心から笑っていれば、それが全てです。その人がどんな暮らしをしているのかは、その人だからそうなのであって、
私たちは、その人が笑顔で暮らしていることを喜べばいいのです。
そうしらた、なんだか自分まで幸せになる。

生きていくことってシンプルでいいのです。

ファーザーがいつも話していたことがあります。
それは、私がたまたま社会福祉学というものを勉強したり、国際協力について一般に言われていることを勉強したりしたいた中で、感じた疑問をぶつけたときに必ず返ってくる言葉です。

「私はとにかく今を、今日という一日をただ精一杯生きるだけです。精一杯自分にできる全力を目の前の人に尽くす。私がやることは、それだけです。それがどういう価値があるのか、正しいのか、誤っているのか、良いことだったのか、そんなことは神様以外だれも判断できないのですから。私が今日尽くしたベストはどうだったのでしょうか?その先は、私の仕事ではないのです。」

神父のいう神様という言葉は「とくべつな信仰はない」という方には、すっきりこないかもしれません。
でもその場合であっても、一人一人に神様に置き換わる言葉が見つけることが可能ではないかな、と思います。たとえばあなたの大切な人・・・。
あなたと出会った人は幸せな笑顔でしたか? その人の心に耳を傾けることに全力投球してみたら、少しだけでも、ファーザーやゴーゴーたちのような笑顔で笑えるかもしれません。夢を叶えるって、ゴーゴーやトゥーラのように「今」を生きている人の特権なのかもしれません。

ホスピスでは本当に誰もの命がキラキラ輝いています。

今日の私は、今日という日を心をこめて過ごしただろうか?
あの日のファーザーやゴーゴーやトゥーラのように。