音楽。(1)

彼の名前はサンディーレ(仮名)。


誰もいないかのように見えた病室の
2つのベッドの仕切りとなっているカーテンが
膨らんでいたので、のぞいてみると

彼が小さくなって座っていた。

私が挨拶すると不思議そうな顔をして私をみつめた。


彼はベッドに戻りたいのだけれど、
ベッドの上で粗相をしてしまったので、
介護スタッフがシーツを取り替えてくれるのを
大人しく待っているのだった。

カーテンの中に隠れている姿はまるで
お母さんに怒られる前の子どものようだった。

シーツを取替え、サンディーレをベッドに誘導する。


30過ぎの若さで彼はオムツをしなければならなかった。


発症しているエイズはあまり快方には向かっておらず、
エイズ脳症も発症しているようで、会話はほとんど成立しなかった。


サンディーレのちょっととぼけた佇まいが私はすぐに
大好きになった。

会話は成り立たなかったから、
私たちは手を握り合って、過ごすことにした。

サンディーレがベッドで少しでも快適に過ごせるように
毛布をととのえる。

背の高い彼の足が毛布から飛び出てしまわないように、しっかりと
くるむと、彼はニーッっと子どものように笑った。

笑うと下の前歯が欠けているのが見えた。

前歯を触ると、

ジョブ。とひとこと、彼がしゃべった。

後にも先にも、きいた彼の唯一の声。


前歯が折れてしまう仕事は私には
想像はつかなかったけれど、労働者だったのだろう。

彼の手は大きくて、しっかりとしていたから。


手を握って過ごす。

マザー・テレサナイチンゲールだったら、
どう過ごすのだろう。

ふとそんなことを思いながら、
彼の手を握っているうち、ベッドの彼の毛布に顔をのせて、
不思議な安心感にくつろいでしまった。

それくらい、サンディーレの部屋に流れる時間は
優しかった。

たまに目が合うと、彼はニーッと笑うので、
私も、ニーッと笑い返す。


廊下の向こうのナースステーションから響く
優しいゴスペルとおしゃべりが子守唄のようにきこえる。