死に寄り添う

ノンプメレロ(7)

リンディーは、あらゆることを失念してしまって、いろんな失敗は多いものの、ノンプのことだけは「ノンプ」「ノンプ」といつも話しかけていた。 ノンプとリンディーの二人は、自分がお水を飲むときには相手に声をかける。 差し入れのビスケットも丁寧に枚数…

ノンプメレロ(6)

隣のベッドにいたのは、リンディーウィ(仮名)。 エイズ脳症もあって、ほぼ一日、ホスピスの病棟内を徘徊して過ごしている。 リンディーウィは、いろいろなことが頭から抜けてしまうので、歩くための歩行器を忘れて、廊下の壁に張り付いていたり、パジャマ…

ノンプメレロ(5)

二人部屋の並ぶ病棟は、自力で身のまわりのことができなくなって、ほぼ寝たきりの日々が中心になった患者さんが過ごす。 入院した日からその病棟に入り、丸1日で亡くなる患者さんもいる。 勘のいい患者さんたちだと、2人部屋の病棟への移動の話に、言葉に…

ノンプメレロ(4)

ノンプメレロとの会話は、本当にゆっくりと、ゆっくりと積み重ねていったものだった。 例えば、ラマポーザには家族はいるの?ときいた日には、「ママ。」で彼女は黙ってしまったし、子供のことも何日もたってから「子供が二人いるの。」とポツリと教えてくれ…

ノンプメレロ(3)

病院のスタッフが連絡先ということがノンプの孤独を説明していた。 近くには連絡先として頼める人がいない。というよりも、頼めなかった。話せなかった。あるいは家族が話させてくれなかった。いろいろなことが想像できる。 エイズという秘密を抱える。 その…

ノンプメレロ(2)

ノンプのトレードマークは頭に巻いた赤いバンダナ。 ファーザー・ニコラスが日本からのお土産で彼女にプレゼントしたものだ。 彼女は、本当に本当に静かな少女だった。 彼女の声を私がきいたのはホスピスで出会ってから2週間くらいしてからだった。 みんな…

ノンプメレロ(1)

今日からノンプメレロという女性の話をしようと思う。ノンプのことは、 ちょうど南アでのワールドカップ開催の頃に はじめた このはてなダイアリーで、書きながら 途中でスタックしてしまって、言葉が 自分の中から出てこなくなってしまって、 そのままにな…

音楽(3)

サンディーレの熱く腫れたお腹は、次第にあばら骨を私が指でたどれるようにやせていった。 ほんの数日で。 ここでは、時機のようなものがくると、するすると、みんなの命は終結に向けての準備を始める。 サンディーレと毎日 手を握り続けた。そのやせていく…

音楽。(2)

サンディーレが呻いた。どこかが痛むのだ。 痛むのは左側の腹部だった。 熱をもって、そして腫れている。 このホスピスでその痛みを回復に向けて 治療するということはきっとできないだろう。 痛みを抱えながら彼は最後の日々を暮らしていく。 彼のお腹にそ…

音楽。(1)

彼の名前はサンディーレ(仮名)。 誰もいないかのように見えた病室の 2つのベッドの仕切りとなっているカーテンが 膨らんでいたので、のぞいてみると彼が小さくなって座っていた。私が挨拶すると不思議そうな顔をして私をみつめた。 彼はベッドに戻りたい…

青い脚(2)

カビが一面に生えた脚をどうしたらいいのか、 私にはわからなかった。カビの生えた浴室のタイルの掃除の仕方しか 頭には浮ばなかった。 ちょっと痛かったごめんね。 ポケットに入っていたティッシュで、 彼の脚の爪に生えた青いフワフワを ぬぐってみた。カ…

青い脚(1)

スタッフに手招きされた。 あの部屋に、とても可哀想な患者さんがいるの。 私たちじゃ何もできないから、よろしくお願い。 午前の柔らかな光が、病棟の廊下まで差し込んでいた。 その部屋にいたのは、1人の男性。 私はまず部屋を、そっとのぞいてみた。 彼は…

マザーテレサのことば

私たちが排水溝から引き上げた男性は、 体の半分を虫に食べられている状態でした。 彼をカリガートにある 『死を待つ人の家』に連れて来ると、 彼はこう言いました。 「私はこれまで道端で獣のように生きていました。 それなのに今、愛され、手当てを受け、 …

ザネレ(2)

ザネレと初めて出会ったのは2004年の1月。まだ南ア政府がARVの公費負担を開始していない時期だった。毎日、小さなエイズホスピスの中で数人が亡くなっていくのを看取る日々。週末に行くところといえば誰かのお葬式か、TAC(治療行動キャンペーン)メンバーの…

ザネレ(1)

彼女の名前はザネレ(仮名)。最後に会った日、私はどうしても南アを離れなければいけなかった。そして、その時の彼女はエイズを発症していて、免疫数値CD4カウントも10を割りこみかけており、日々に死がちらついていた。私達はなんとか彼女をなじみのクリニ…

ザネレ (1)

少年の母の名前はザネレ(仮名)。最後に会った日、私はどうしても南アを離れなければいけなかった。そして、その時の彼女はエイズを発症していて、免疫数値CD4カウントも10を割りこみかけており、日々に死がちらついていた。私達はなんとか彼女をなじみのク…

彼女にみえたもの。

タンディーソワ(仮名)に初めて会ったのは、私はホスピスの庭だったと自分では思っている。彼女がニコニコしながら私を手招きしてきた日のことだ。 でもそのときタンディーソワはこう言い切った。 「私はあなたを知ってるわ。」と。私、あなたを知らなかっ…

アグネス

がりがりに痩せたアグネス(仮名)がホスピスで誰かと会話をしている姿は、ほとんど見ません。ケアギヴァーたちに質問されて、イエスだかノーくらいをズールーで答えている姿をたまに見かけるだけ。常にみんなから離れた場所で過ごします。部屋に引きこもる…

ノムタンダーソ(2)

ノムタンダーソは、どんどん小さくなっていきます。 もう自分で歩いて友達のところへ行くことはできません。 トイレに行くこともできません。 言葉を発する元気もありませんでした。口からとれる食べ物や水分も少なくなっていて、おむつも確認しても乾いてい…

ノムタンダーソ(1)

ノムタンダーソ(仮名)は、私が最初に看取った女の子です。 7歳という彼女の体は、4歳児としても痩せていて、みるからに栄養失調の状態でした。 3歳以上の子供たちが院内学級に行っている時間は、病棟は乳児ばかりです。 南アに到着して翌日だった私に、…

ある家族と、とても長くつきあってきました。 ふと、家族が独り言のように語った言葉が心に強く残っています。 何が辛いって・・・ 彼を失って、何が一番辛いって、 声がきこえないのよ。 返事がないの。 私が呼ぶじゃない。 何度も呼ぶじゃない。 それなの…

ノンプメレロ(3)

この前に書いた、ノンプメレロとの会話は、本当にゆっくりと、ゆっくりと積み重ねていったものでした。 例えば、ラマポーザには家族はいるの?ときいた日には、「ママ。」で彼女は黙ってしまったし、子供のことも何日もたってから「子供が二人いるの。」とポ…

ノンプメレロ(2)

ノンプのトレードマークは頭に巻いた赤いバンダナ。ファーザーが日本からのお土産で彼女にプレゼントしたのです。 彼女は、本当に本当に静かな少女でした。彼女の声を私がきいたのはホスピスで出会ってから2週間くらいしてからです。みんなから離れて過ごし…

ノンプメレロ(1)

今日からノンプメレロという女性の話をしようと思います。ノンプメレロは、本名です。彼女が私に「本名で自分のことを語ってね」と話してくれたのです。 名前の意味は、「誇り」です。 亡くなったときは25歳。初対面のとき私は10代の少年かと思ったくら…

ノムサ(4)

ノムサのお話は、これが最後になります。ノムサとファーザー・ニコラスと私の3人で写っている写真を眺めていました。シャッターをおしてくれたのは、お掃除のスタッフで、「カメラなんて」と緊張しながらのシャッターだったので写真はピンボケです。でも、…

ホスピスでの写真

ホスピスでは写真がとても人気です。自分の写真を生まれてこのかた、ほとんどもっていないという患者さんやスタッフが多いので、カメラを片手に病棟に行こうものなら、「撮って!撮って!」と大騒ぎになります。ベッドからほとんど起き上がることもなくなっ…

ノムサ(1)

ノムサという女性が34歳で亡くなりました。ノムサが本名なのかどうかすら私たちに最後までわかりませんでした。身寄りを見つけることもできないまま、死亡時の煩雑な用事をホスピス職員が手分けで行い、ノムサは郊外の墓地に埋葬されました。 果たして、彼…

孤児の心

レインボウ・コテージ 私は、ニバルレキレの活動を始めるスタートとしての数年間を、ボックスバーグというジョバーグ(ヨハネスバーグ)郊外にかるエイズホスピスで働かせてもらいました。2003年というのは、貧しい感染者がARVに全くアクセスできずに、…

死に寄り添う

2003年から向き合い続けている、南アフリカ共和国。私たちが活動している場所は、ハウテン州のヨハネスバーグ市(地元っ子は「ジョバーグ」「ジョズィ」と呼びます)の郊外。隣接するエクルレニ市にはたくさんのタウンシップがあり、田舎や他のアフリカ…