音楽(3)

サンディーレの熱く腫れたお腹は、

次第にあばら骨を私が指でたどれるように

やせていった。



ほんの数日で。


ここでは、時機のようなものがくると、

するすると、みんなの命は終結に向けての準備を始める。



サンディーレと毎日
手を握り続けた。

そのやせていくお腹の上で。


時々彼は、私の背中にかじりついたり、彼のベッドの下にもぐったり
エイズホスピスという空間で落ち着かずに過ごす私の子供の様子を
じいっと見つめていた。

彼にも子供はいるのだろうか。


子供を見つめる彼の左目はもう、何も見えていない。
白く薄灰色に濁った瞳。

そっと、その目に手をかざすと、
彼はいつものように、ニーっと笑った。




私が泣いた次の日のことだった。




サンディーレはいつものように、

お腹にのせた私の手の上に

自分の手をそっとのせると、

ポンポンと優しく、私をあやしてくれた。



ポンポン。

次は指。

一つ一つの指を確認していく。

ポンポン。



次は爪。

そっとなぞっていく。

ポンポン。



次は、私の指先をそっと たたきだした。

まるで、そこに鍵盤があって、

ピアノを奏でるように。



誰にも聞こえない音楽。


毛布の中で、ひっそりと

サンディーレの奏でる音楽。




それは、とてもとても
やさしくて
美しかった。


目をつぶる。



この音楽を

この彼の手の温もりを

彼の祈りを

一生忘れないように。



サンディーレがこのベッドから

どこかへと旅立った後にも、


この部屋に立つたびに、サンディーレと

話ができるように。



全てを、この胸に刻んでいく。



目をあける。

サンディーレは私を見つめていた。


そして、やさしく頷いてくれた。



どんな風の調べよりも豊かな音楽を

今私は知っている。