ノムタンダーソ(1)

ノムタンダーソ(仮名)は、私が最初に看取った女の子です。
7歳という彼女の体は、4歳児としても痩せていて、みるからに栄養失調の状態でした。
3歳以上の子供たちが院内学級に行っている時間は、病棟は乳児ばかりです。
南アに到着して翌日だった私に、一人のシスターが、「あなたの友達が、あっちの部屋にいるわよ」と声をかけてきました。
ノムタンダーソは4人で眠るベッドの部屋で、小さく丸まっていました。痩せた体。口元にヘルペスらしきできものができて、口角も血がにじみ痛そうです。耳からの耳垂れもぬぐってもぬぐっても流れてきます。
名前なんていうの?
きいても何も答えません。
私リラトよ。あなたと友達になりにきたの。
ノムタンダーソは、動くのもしんどい様子でしたが、そっと片手で、私がその日にかけていたメガネとか、結んでいた髪をいじり始めました。
いろいろなところが痛いのね。
彼女は耳を押さえています。
耳が特に痛いのね。
学校は今はしばらくお休みね。
ノムタンダーソは、ただ私の髪の毛をいじっています。
苦しくて丸まっているの?私があなたのことを抱いてみようか?
試してみる?

ノムタンダーソは私の方に両手を伸ばしてきました。
なんて、軽い体。抱きしめれば折れてしまいそうに痩せていました。
彼女はエイズを発症しており、病状が悪く、院内学級には2度といけない、ということでした。
ナースに確認したところ、病棟内だったら、プレイルームでも庭でも、好きなところへ連れて行ってよい、でも乳児とは距離をとらないとね、という指示でした。

ノムタンダーソ。今日はどうしようか。
今日は、ずっとこうやって、二人で抱っこしあって、過ごそうか。
ノムタンダーソは一言も発しません。
でも、私の背中には彼女の手がまわっていたので、そのまま、その日は彼女と一日過ごしました。

食事をとることがかなり、しんどくなってきていて、南アの子供たちが、食欲がなくても比較的食べることのできる、サワ−ポリッジという発酵オカユのようなものや、カボチャのピューレを、誤飲しないように少しずつ、飲み込んでいきます。飲み込むときには、とても喉が
痛いのでしょう。目を閉じて、こらえて飲み込んでいきます。

ノムタンダーソ。午後はどうしようか。
絵本を読む?人形で遊ぶ?
それともまた抱っこして過ごそうか?

ノムタンダーソとは昼根の時間に寝入るまでその日は付き添い、翌日からも、毎日顔を出すことにしました。

翌日の朝、院内学級に最初に寄りました。ノムタンダーソの絵ってあるの?ルイーズにきくと、これよ。素敵でしょ。と、とても生き生きとした、すてきな自画像が飾ってありました。
ルイーズは説明していきます。この絵も、この絵も・・みんな亡くなってしまったのよ。

絵は力を得て、生き生きと輝いていました。
その自画像を描いたノムタンダーソが、エイズを発症し、一人ぼっちで病棟で丸くなって寝ている。
正直、クラクラします。
足元に、からみついてくる、子供たち皆が感染していました。

ARVというエイズ発症を抑えるのに効果的といわれる薬をこの子たちが手にする予定は、当時ありませんでした。
この子たちは、何人の友達の死を見守ってきたのでしょうか。
そして、この豪快な笑顔と明るさはどこからくるものなのでしょうか。この子供たちの、ものすごい力。
こんな風に、ノムタンダーソも笑っていたのかしら。

まだ出会う前の元気だったときのノムタンダーソのイメージを一杯に膨らませて、毎日ノムタンダーソに会いにいくことにしました。
末期にある彼女にただ寄り添うだけでは、あまりに悲しい気がしたのです。元気だったときの彼女を常に忘れないでいること。そうすると、より悲しみは深くなりますが、そうやって、自分の心を痛めることでしか、彼女の今自分に起こっている異変への不安や、孤独や、痛みや、悲しみを、何一つ和らげてあげられない、という気がしました。

次の日、ノムタンダーソが、外を指さしたので、うん?と耳を近づけると、「一緒に遊んで」という小さな声を聞き取ることができました。
一緒に、大きなクッションを庭に出してきて、彼女が寝た姿勢でも
過ごせるように、ちょっとスペースを整えて、今日も半日と少しでしたが抱っこして過ごしました。抱きしめるしかできない自分へのはがゆさは強烈でしたが、ノムタンダーソは私が来るのを待ってくれ、部屋に行くと、手をこちらに伸ばしてくるようになりました。

そんな毎日が1週間ほど続きました。